October 2010
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Oct 27th
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赦すっていうのはね、結局、終わらせることじゃない?……忘れることが出来ないなら、赦して終わらせるしかない。――赦しという行為に、崇高な価値が与えられているのは、どう考えても赦される側の人間のためじゃない。赦す側の人間のためだよ。生存の秩序維持の観点に立つなら、社会は殺人からひとつの歴史的教訓を得て、被害者の死を無駄にせずに済むと納得出来たなら――その損害に相当する何がしかを回収出来たなら、赦しを与えるだろうね。それで、個人の実存的な不安も一緒に鎮められる。犬死にというのはないんだ、とね。規律からの逸脱に対するルサンチマンは、罪に見合う罰というものが与えられれば、晴らされてしまう。被害者への共感は? そんなものは、放っておいても勝手に終わるよ。
Oct 27th
August 2010
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Aug 5th
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新聞記者の作る合法的な嘘、社会をいびつなものとする大罪の一つである。人間は何故かように卑屈な性悪者として考えられなければならぬのか。 悲しみが増えて行くことを残念に思う。 私は今までの生活から、幾つかの極くありふれた単純な事実を見出した。苦痛は物質にて補うべからざる事、幸福もまた主に精神的な幸福を意味する事、そして一番大切なものは健康である事、私の知り得た事はそれくらいだ。然し、私は知り得たのみならず、深く理解出来たことを悦びとしている。
Aug 5th
Aug 5th
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現在の生活には愛というような思弁は微塵ももつべきではない。緊張の日々は、激しく廻る車輪が、わだちの上を四周へはね跳はすように、少しでも浪漫的な思想や感情は、勢よく飛散せしめる。ただこうして静かに日記を書く時間のみが、君の心に通ずる唯一の時である。私は嘗って君に、自分の心の記録を書き残して置くことを約束した。そして今迄そのような気分と余裕を持つことが出来なかったのだ。幸い約束だけは忘れていなかったことに、幾分なりとも私の誠実を認めてくれるなら幸いだ。自分の思想を表現することに馴れていない私は、いつも筆の渋滞に腹立たしさを感ずる。 ...
Aug 5th
Aug 1st
Aug 1st
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Aug 1st
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Aug 1st
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