September 25, 2009
被写体と撮影者の私的感情のハッテンぶりを隠さずに開示したのはある種の評価に値するとは思う。これで監督がヘテ男だったらただの武勇伝自慢というかむしろパワハラ容疑濃厚なわけだが、いくらイスラエルが同性カップルの法的保障制度の成立を進めていようとも、国そのものがゲイフレンドリーというではないので(ヘイトクライムが頻繁に起こっている)、女性同士の恋愛模様を開示するだけでもかなりの覚悟が必要だと思う。

ヘンが自分のプライベートな感情をいくら露出しようが、その露出度は自分でコントロールできるのだから別にどうでもよい。問題は、スマダーのプライベートな感情の扱いである。ヘンは監督業だがスマダーは軍人だ。女性オンリーの軍隊でレスボフォビアに基づく嫌がらせが起こらないとも限らない。それに、スマダーもカメラで撮影されているのを承知で自分の感情を吐露しているのだからそのまま公開されても文句は言えない、などというのは映画ヤクザの屁理屈である。ひとの感情や状況判断はその都度変化するものだから(実際スマダーはカメラに向かって「カット」とつぶやいているシーンがある)。

撮影終了後のふたりがどうなったか知らないが、仮にスマダーと恋人関係になったとして、「これが私たちのなれそめだよ☆」なんていうだまくらかしフォローで納得させているとか、公開前にスマダーも試写を観て了承しているとかいう手順が踏まれているとしても、ふたりの関係や感情の流れが移り変わって、「あのときはOKしたけど、いまはもう嫌」となることだって大いにあり得る。

そういうわけでクマは、このふたりの心もよう的な映像を、「愛し合うって素敵なこと! なにも隠す必要はないし、恥ずべきことでもないわ!」っていうゲイフレンドリー初心者にありがちなお気楽目線では観られなかった。なんか胸騒ぎがする。でもラスカー監督の腹黒さ(決めつけ)はそんなに嫌いでもない。複雑。

ま、どのみち、ドキュメンタリー系に限らず、作家的な仕事をしている者は、「友だちをすべて失うかもしれない」とか「いつかだれかに刺されるかもしれない」という覚悟をつねに持っておいたほうがいいと思うよ。「ネタもほしいけど友だちも失いたくない」なんて眠たいこと言ってるヤツは、いつかきっと手痛いしっぺ返しを食らえばいい食らうと思うんだ

なお、ニコニコ動画でこの作品全編がほぼ日本語字幕付きで観られる(ちなみにAQFFで上映されたものとは編集のヴァージョンが異なる)。ただし、ひとによっては不快に感じられるコメント多数。イスラエルの言語がわかるひとや英語字幕でOKなひとはコメント機能をオフって大丈夫だけど、日本語字幕が必要なひとは、字幕もコメントとしてアップされているので、そこらへんはアルカイック・スマイルで華麗にスルーしてほしいわけなんだ。

アジアンクィア映画祭観てきたよ - デルタG

“「ネタもほしいけど友だちも失いたくない」なんて眠たいこと言ってるヤツは、いつかきっと手痛いしっぺ返しを食らうと思うんだ。”

(via thegrilledcheeseaspiration)
deepsea:


死んだクジラを食べ続ける海の掃除屋(ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト) - Yahoo!ニュース
死んだクジラのみを食べる新種の多毛類オフリオトロカ・クライグスミシ(Ophryotrocha craigsmithi)。2009年9月に発表された研究によると、このような多毛類が9種見つかったという。(Photograph courtesy Helena Wiklund  University of Gothenburg)

死んだクジラだけを食べる新種の生物が9種類発見された。バラエティーには欠けるメニューだが、クジラ1頭の死体で20年間、何世代も食いつなぐことができるという。 海底でクジラの死体にありつくこの虫は、スウェーデンとカリフォルニア州沖で遠隔操作の潜水調査船によって収集された。腐食性の多毛類(ゴカイなどの仲 間)の一種で、朽ち果てていくクジラの骨を覆うバクテリアを食べることに特化している。DNA鑑定を行ったところ、未知の種であることが確認された。 研究成果を発表したスウェーデン、ヨーテボリ大学のチームに所属する動物学者ヘレナ・ビークルンド(Helena Wiklund)氏によると、ヌタウナギやサメなどがクジラの肉を食い尽くした後に、この長さ2センチほどの虫たちの出番になるという。 「クジラの大きさによっては、何世代にもわたって20年ほど住み続けることもできるだろう。大きなクジラの骨は非常に長い間、海底にとどまるから」と、ビークルンド氏は言い添える。 しかし、ついにクジラが食べ尽くされると、虫たちは別のクジラの死体を探さなければならない。これは相当な長旅になる可能性もある。 この小さな生物がどのようにクジラからクジラへと渡るかは、いまだ謎のままだ。ただしビークルンド氏によると、多毛類の中には微小な幼虫期に海流に乗る ことができる種もいるという。「クジラの死体はかなり長い間、油脂を漏らし続けることがある。おそらく、幼虫たちは水中でこのにおいを感知して、次のクジ ラに狙いを定めるのだろう」。 深海に沈んだ巨大なクジラの死骸に依存する生物は鯨骨生物群と呼ばれ、熱水噴出孔などのバクテリアに依存して生きる生物がクジラの骨を他の海域へ拡散するため足がかりにしているのかもしれない。

deepsea:

死んだクジラを食べ続ける海の掃除屋(ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト) - Yahoo!ニュース

死んだクジラのみを食べる新種の多毛類オフリオトロカ・クライグスミシ(Ophryotrocha craigsmithi)。2009年9月に発表された研究によると、このような多毛類が9種見つかったという。
(Photograph courtesy Helena Wiklund University of Gothenburg)

死んだクジラだけを食べる新種の生物が9種類発見された。バラエティーには欠けるメニューだが、クジラ1頭の死体で20年間、何世代も食いつなぐことができるという。

海底でクジラの死体にありつくこの虫は、スウェーデンとカリフォルニア州沖で遠隔操作の潜水調査船によって収集された。腐食性の多毛類(ゴカイなどの仲 間)の一種で、朽ち果てていくクジラの骨を覆うバクテリアを食べることに特化している。DNA鑑定を行ったところ、未知の種であることが確認された。

研究成果を発表したスウェーデン、ヨーテボリ大学のチームに所属する動物学者ヘレナ・ビークルンド(Helena Wiklund)氏によると、ヌタウナギやサメなどがクジラの肉を食い尽くした後に、この長さ2センチほどの虫たちの出番になるという。

「クジラの大きさによっては、何世代にもわたって20年ほど住み続けることもできるだろう。大きなクジラの骨は非常に長い間、海底にとどまるから」と、ビークルンド氏は言い添える。

しかし、ついにクジラが食べ尽くされると、虫たちは別のクジラの死体を探さなければならない。これは相当な長旅になる可能性もある。

この小さな生物がどのようにクジラからクジラへと渡るかは、いまだ謎のままだ。ただしビークルンド氏によると、多毛類の中には微小な幼虫期に海流に乗る ことができる種もいるという。「クジラの死体はかなり長い間、油脂を漏らし続けることがある。おそらく、幼虫たちは水中でこのにおいを感知して、次のクジ ラに狙いを定めるのだろう」。

深海に沈んだ巨大なクジラの死骸に依存する生物は鯨骨生物群と呼ばれ、熱水噴出孔などのバクテリアに依存して生きる生物がクジラの骨を他の海域へ拡散するため足がかりにしているのかもしれない。

501 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/20(日) 04:44:21.65 ID:r3NE7VMyO
watashino-ohakano-maede-don’t-cry@
はいいとおもったな

502 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/20(日) 04:45:21.64 ID:Z4YZ4uec0
»501
ルー大柴wwwww

504 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/20(日) 04:46:04.18 ID:Yy7pJiIqO
»501
不覚にも爆笑したwwwwww

suzueri:


kml:

mnms2:

iheartmyart:
Hans Hemmert

suzueri:

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iheartmyart:

Hans Hemmert

[ニューヨーク 23日 ロイター] 国連総会に出席するため訪米しているリビアの最高指導者、カダフィ大佐が宿泊施設としてニューヨーク市近郊に設営したテントが23日、地元当局の指示で撤去された。

 テントが設営されたのは、同市の北約50キロのベッドフォードにある不動産王ドナルド・トランプ氏が所有する土地で、同氏のグループ企業から中東の提携企業に短期間で貸し出されていた。

 ベッドフォードの行政当局によると、テント設営が建築法に違反することから撤去を指示。リビア側が応じなければ、法的措置も辞さないと警告していた。

 カダフィ大佐は、海外訪問時に軍事用テントを宿泊施設として使用することで知られ、今回の訪米ではニューヨークのセントラルパークなどに設置を希望したが、当局から却下されていた。

September 23, 2009

(大澤真幸氏の発言)
 ともかく,具体的な論点に入りましよう.北田さんのこの本は四部構成ですが,第四部は少し独立している.正義についての規範理論としては,第三部までで完結していますから,今日は,主に第三部までの論点を議論しましょう.まず第一部「責任の社会理論」.僕は,ここでの議論の半分には賛成ですが,半分は疑問をもっています.まずここで,「行為」のアイデンティティはどこに見出されるかを,北田さんは考えている.例えば,人物Aが動かした腕がBにぶつかったとき,それが「Bを殴る行為」だったのか,それとも伸びをしたときたまたまBに腕がぶつかっただけなのか.ここで北田さんはルーマンなどの議論に賛成するようなかたちで,徹底した受け手中心主義をとる.その行為が何であったかということ,つまり殴る行為だったかどうかということは,受け手――この場合はB――が,それをどう理解するかに全面的に依存している,というわけです.Aの腕の動きが殴る行為だったかどうかは,Bが,Aにどのような意図を帰属させて理解したかにかかっていて,Aの内面の状態とは関係がない.この論に,僕は全面的に賛成です.ちなみに,半分ジョークですが,僕はこれは,行為に関するセクハラ的な見方であると思います.ある行為がセクハラだったかどうかということは,被害者がそれをどう理解したかによって決まる.いくら加害者の男が,そんな狼褒な意図はなかった,と言っても,被害者がそう感じていたらもうおしまいなのです.

 僕の疑問は,その先にある.行為のアイデンティティについて以上のように捉えると,北田さんによれば,「責任のインフレーションにという由々しき結果を生む.受け手が「責任あり」と見なせばそれでよいわけですから,やたらと責任が出てきちゃうじやないかということですよね.しかし,そうだろうか.僕はここの部分の論の進め方に疑問を感じます.受け手中心主義にすると,責任は若干増加気味になるでしょうが,北田さんが言うような,無際限のインフレになったりはしないはずだ,と僕は思う.送り手の自己申告よりも,受け手の理解を優越させれば,「責任」が増加傾向になるだろうということは想像できます.例えば,今のセクハラにしても,男の側の意図――についての男自身の自己理解や自己申告――を優先させれば,セクハラの責任を問われる人の数はきっとぐっと減るでしょう.でも,受け手中心主義にしても,そんなに困るほどには,責任が膨れ上がったりはしない.

 具体例に即して説明したほうがわかりやすいでしょう.公害裁判の例を挙げてますよね.ある工場が廃水を流した.それで汚染された魚を子供が食べて死んでしまった.そのときに,工場は殺人を犯したことになるのかどうか.受け手中心主義の行為理論では,工場としては殺すつもりはありませんでしたと工場側が言っても,それはダメだというわけですよね.受け手が,つまり被害者が一人でも,それは殺人行為であると言えば,工場は殺人行為をしたことになるというのが北田さんの考え方です.この考え方を適用していけば,やたらと責任が発生するんじゃないかというのが責任のインフレーションということですね.

 僕は,この議論は少し変だと思うのです.行為者自身の意図によって,行為のアイデンティティが決するわけではありませんが,受け手の側か,行為者に何らかの意味で帰属させうると想定した意図によって,行為のアイデンティティが決まるわけです.受け手は,何でも好き勝手に,行為者の意図を想定できるわけではない.行為者に意図を帰属させる際に,どのような条件が満たされていなくてはならないのか,それを精密に特定し,列挙することはじつはとても難しいのですが,しかし,確実なことは,そこにはかなり強い条件が効いていて,受け手は,何でも自由に意図を行為者に投射できるわけではないということです.その行為に原因があるということがはっきりしたとしても,行為者に積極的あるいは消極的な意図を帰属させるためには,さらに条件が揃っていなくてはなりません.

大澤真幸・北田暁大,「リベラリズムと現代世界」『InterCommunication』(no.49, p.92-3) (via optical-frog) (via sociologbook) (via thegrilledcheeseaspiration)

ちょっと前に、骨減少症というのは単に歳をとったら骨が減少するという自然現象なのに、
それが骨減少症という名前をつけられて“病気”に仕立て上げられることの怪について
以下のエントリーを書いた。

骨減少症も“作られた病気”?……WHOにも製薬会社との癒着?(2009/9/9)

それで、余計に違和感が強かったのかもしれないのだけれど、
昨日だったか今日だったか、朝のNHKの番組で
サルコペニアがどんなに恐ろしい病気であるか、
それを予防するためにはどうしたらいいかという話題が出ていて、
うわぁ、骨減少症と全く同じだ……と思ったら、心底、げんなりした。

それで、余計に違和感が強かったのかもしれないのだけれど、
昨日だったか今日だったか、朝のNHKの番組で
サルコペニアがどんなに恐ろしい病気であるか、
それを予防するためにはどうしたらいいかという話題が出ていて、
うわぁ、骨減少症と全く同じだ……と思ったら、心底、げんなりした。

サルコペニア、日本語では、加齢性筋肉減少症という。

つまり、「歳をとると筋肉が少なくなりますよ」という
昔から言われてきた当たり前の自然現象に、
なんだかギクッとさせられる名前が付いただけ。

それにしても、響きの悪い“病名”ですこと。
ものすごくタチの悪い細菌の感染症でも連想しそうだ。

以下に、検索で出てきたサルコペニアを説明したサイトを2つ。
上が萬有製薬のページで、こちらは骨減少症と一緒に説明されている。
下が味の素のページで、サルコペニアの予防にはアミノ酸がいいですよ、という話。
http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec05/ch058/ch058g.html
http://www.ajinomoto.co.jp/kfb/amino/aminosan/himitu/1_print.html


確かに、「もう歳だから」と諦めて何もしなければ
筋肉だって骨だって少なくなる一方だと言われれば、
そりゃ、体操したり食べ物に気をつけて予防するに越したことはないでしょう。

だから、予防のための啓発なんて必要ないと言うつもりはないです。

でも、予防の意識を持てと啓発したいからといって、
どうして歳を取れば誰にでも起こる自然現象に
ややこしげな名前をあえてつけて“病気”に、つまり“異常な状態”に
仕立て上げなければならないのだろう。

だって、昔から、ずっと
「歳をとったら筋肉が衰えてきますよ、気をつけましょうね」という話はあった。
それで、どうしていけないのか。

それに、
“病気”つまり“起こってはならない異常な状態”に仕立てあげて、予防、予防とおめかれると、

こっちとしては、まるで
努力さえすれば自己責任で完全に防げるかのように思わせられてしまうのだけど、

それは本当のところ、いったい、どうなのか?

加齢による自然現象であれば、
いくら努力して予防に努めたって限界というものがあるはずでは?

この辺りが、私には医療費節減のヒーロー予防医学のマヤカシのように思えて、
なんとなく眉にツバ塗りたくりたくなってしまう。

加齢によって誰にでも起こり、努力しても実は防ぎきれない自然現象を
“病気”に仕立てて予防の必要をおめきたてることによって
「老い」は自己責任で予防すべき「病的な異常」にされつつあるのではないのか。

このエントリーを書くための検索で、実はもっとすごい“病気”が出てきました。

加齢男性性腺機能低下症(LOH症候群)

歳をとるにつれて男性の性欲が衰えるのも、いまや“病気”なんだと。
じゃぁ、さ、「健康な高齢者」って、どんな人間像だというのよ、いったい?

ちなみに、このLOH症候群の報告書の出所は、株式会社マーケティングセンター。

だから、ね、
テレビでサルコペニアがどうのこうのと垂れられる講釈を聞いて、
「わ、こわい、歳をとったら大変な病気になるんだ……」と不安に陥れられるよりも、

なんで萬有製薬とか味の素とかが熱心に“サルコペニア”を論じるのか
なんで株式会社マーケッティングセンターが加齢による性欲低下を病気に仕立てるのか、
よ〜く考えてみたほうがいいんじゃないのかなぁ。

世界経済でグローバリズムとネオリベラリゼーションが起こしたことを
いま科学とテクノロジーのネオリベが後追いしているのだと私は
このブログをやりながら、ほとんど確信してしまったのだけど。

haisen:

(via uuiuu)

haisen:

(via uuiuu)
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